減損会計のプロセスにおいて、前回の「認識判定」で「減損あり」という非情な結論が出た後、次に待ち受けているのが「測定(いくら減らすか)」と「配分(どの資産を減らすか)」のフェーズです。
ここでは、割引率(WACC)のわずか0.1%の差を巡って監査人と深夜まで議論したり、のれんを全額カットするかどうかで経営陣と激論を交わしたりといった、まさに「実務の修羅場」が展開されます。本稿では、教科書には書かれていない、監査を無事に通過するためのロジック構築術を徹底解説します。
固定資産減損実務シリーズ(全7回)について、これまでに記載した記事はこちらになります。
- 固定資産減損実務(1)減損会計の監査対応「見積りの不確実性」と防衛策
- 固定資産減損実務(2)資産のグルーピングと共用資産・のれんの扱い|本社費・のれん配分の実務完全ガイド
- 固定資産減損実務(3)減損の兆候判定とモニタリング実務|「継続的赤字」の定義と共用資産の罠
- 固定資産減損実務(4)減損損失の認識と「より大きな単位」|割引前将来キャッシュ・フロー判定と事業計画の監査防衛術
- 固定資産減損実務(5)回収可能価額の算定と減損損失の配分|割引率WACC決定の極意と監査防衛術
- 固定資産減損実務(6)のれん減損と子会社株評価損|「32項ルール」によるのれん強制償却
- 固定資産減損実務(7)減損の会計処理・税務と監査報告
目次
回収可能価額の基本(使用価値 vs 正味売却価額)
減損損失の額は、「帳簿価額」から「回収可能価額」を差し引いて計算します。この「回収可能価額」とは、以下の2つのうち、いずれか高い方の金額を指します。
| 項目 | 内容 | 算定のポイント |
| 使用価値 | 資産を使い続けた場合に得られるキャッシュ・フローの現在価値 。 | 将来予測と割引率の妥当性が鍵。 |
| 正味売却価額 | 資産を売却した場合の時価から、処分費用を引いた額 。 | 不動産鑑定評価などの客観的証拠が重要。 |
なぜ「高い方」でいいのか?
これは、経営者が「賢明な経済人」であることを前提にしているからです。もし「売った方が高い(正味売却価額 > 使用価値)」のであれば、合理的な経営者は使い続けずに売るはずだ、と考えるためです。
割引率(WACC)決定の攻防:監査人はここを突いてくる
「使用価値」を計算する際、将来のキャッシュ・フローを現在の価値に割り戻すための「割引率」が必要になります。実務上は、加重平均資本コスト(WACC)を用いることが一般的ですが、ここが監査人の最大の攻撃ポイントになります。
監査人が「割引率を高くしろ」と迫る理由
割引率が高くなればなるほど、計算される「使用価値」は低くなり、結果として計上すべき「減損損失」の額は大きくなります。監査人は保守的な立場から、割引率を吊り上げようと試みます。
特に以下の3点は、必ずと言っていいほど突っ込まれます 。
- 固有リスク(α)の上乗せ: 「事業計画の達成リスクが高いから、割引率に2%上乗せすべきだ」といった指摘です。
- ベータ(β)の選定: 比較対象とする類似企業の選定が、自社のリスクを適切に反映しているか厳しくチェックされます。
- 税引前割引率への換算: 日本基準ではキャッシュ・フローを税引前で計算するため、割引率も「税引前」に換算する必要があります。この計算式(税引後WACC ÷ (1 - 実効税率))の妥当性も論点になります 。
防衛術:外部データの「客観性」で武装する
監査人の主観に対抗するには、ブルームバーグやSPEEDAなどの外部データベースから抽出した客観的な数値を用いるのが鉄則です。「私がそう思うから」ではなく「類似企業の平均値がこうだから」という論理に持ち込みましょう。
減損損失の配分ロジック:のれん優先と「底値」のルール
算出された減損損失の総額を、資産グループ内の各資産に割り振るプロセスです。ここには厳格な優先順位があります。
ルール1:のれんへの優先配分(全額焼却のリスク)
資産グループ(または「より大きな単位」)の中に「のれん」が含まれている場合、減損損失はまず「のれん」から先に割り当てます。
これは、のれんが「目に見えない、最もリスクの高い資産」と考えられているためです。多額の減損が出た場合、まずのれんが全額ゼロになり、それでも足りない分を建物や機械に割り振ることになります。
ルール2:資産グループ内での簿価比率配分
のれんをゼロにしてもまだ損失額が残る場合、その残額を建物、備品、土地などの各資産に、その時点の帳簿価額の比率で按分します (固定資産の減損に係る会計基準の適用指針 第53項)。
ルール3:配分後の「底値」規制
どんなに減損損失が大きくても、各資産の帳簿価額を以下の金額以下に下げることはできません。
- 各資産の正味売却価額(もし算定可能な場合)
- ゼロつまり、売れば1,000万円になることが明らかな土地を、配分計算の結果として500万円まで切り下げることは許されません。この超過分は、他の資産に再度割り振られます (固定資産の減損に係る会計基準の適用指針 第53項)。
実務担当者が備えるべき「外部専門家」の活用とリスク
特に不動産の「正味売却価額」を算定する場合、重要性が高い資産については「不動産鑑定評価」を取得するのが一般的です。
鑑定評価があれば安心か?
実は、鑑定評価書があれば監査がパスするわけではありません。監査人は、鑑定士が用いた「主要な仮定(賃料成長率やキャップレート)」が自社の事業計画と矛盾していないかをチェックします 。
「会社の計画では売上が減るとしているのに、鑑定書では賃料が上がることになっているのはなぜか?」といった整合性の不備を突かれないよう、鑑定士への依頼段階から経理部門が関与する必要があります(固定資産の減損に係る会計基準の適用指針 第110項)。
まとめ:測定と配分は「エビデンスの質」で決まる
減損損失の算定は、高度な金融理論(WACC)と泥臭い資産評価(鑑定)が交差する、経理実務の総決算です。
「のれんを優先的に消す」というルールを逆手に取り、将来の償却費負担を軽減する戦略的減損という考え方もあります。しかし、いずれにせよ監査人を納得させるのは、一貫性のある「ロジック」と客観的な「エビデンス」だけです。
次回(第6回)は、連結決算の担当者を震え上がらせる「のれん減損と子会社株の連動(32項ルール)」という、さらに深い闇について解説します。
よくある質問(Q&A)
将来キャッシュ・フローから利息の支払額は引きますか?
いいえ、原則として引きません。割引率に資金調達コスト(利息要素)が含まれているため、キャッシュ・フローからも引いてしまうと二重計上になるからです。
のれんを優先的に減損するのは、全社共通のルールですか?
はい。日本基準では、のれんが含まれる単位で減損を認識した場合、まずのれんの帳簿価額を減額し、それでも足りない分を他の資産に配分するのが原則です (固定資産の減損に係る会計基準の適用指針 第52項)。
割引率を「税引前」に換算しなければならないのはなぜですか?
将来キャッシュ・フローを税引前で計算しているため、分母となる割引率もベースを合わせる必要があるからです。実務では、税引後のWACCを(1-実効税率)で割って算定した「税引前割引率」を使用します。
資産グループ内の備品が古く、価値がゼロに近い場合でも按分計算が必要ですか?
原則として帳簿価額比率で配分しますが、その備品の正味売却価額がゼロであれば、それ以上に損失を割り当てることはできません(底値のルール)。実務上、重要性の乏しい備品はまとめて処理することもあります ・・・・(固定資産の減損に係る会計基準の適用指針 第53項)。
使用価値の計算で、5年より後の期間のキャッシュ・フローはどう扱いますか?
中期経営計画(通常3~5年)の後の期間については、成長率をゼロ、あるいは非常に低い一定率(永久成長率)と仮定して「継続価値」を算定し、加算します 。
専門家としての経験に基づき、現場で本当に『武器』になった数冊を厳選しました。理論だけで終わらない、実践に裏打ちされた知恵を求める方の参考になれば幸いです。