皆様、こんにちは。公認会計士のSatoです。
公認会計士としてIPOの監査に臨む際、私たちが財務諸表の数字そのものと同じくらい、あるいはそれ以上に重視するものがあります。それが、直前期(N-1期)における『予実管理の精度』です。
非公開企業時代の「予算が未達でも、来期頑張れば良い」という感覚は、このN-1期において完全に捨て去らねばなりません。N-1期の予実管理は、もはや社内向けの目標管理ではなく、「上場企業として、市場との約束を守る能力があるか」を試される、本番さながらの最終リハーサルなのです。
今回は、なぜN-1期の予実管理がこれほどまでに重要視されるのか、そして監査法人や主幹事証券会社の厳しい目に耐えうる体制をどう構築すべきか、その要諦を解説します。
「業績予想」が持つ法制度上の重み
なぜN-1期の予算が、これほどまでに重要視されるのでしょうか。それは、上場後に会社が公表する「業績予想」の信頼性を、事前にテストされているに等しいからです。
上場企業が公表する業績予想は、投資家の投資判断に重大な影響を与える情報です。そのため、例えば東京証券取引所の適時開示規則では、公表した予想値に対し、売上高で±10%、各利益で±30%以上の差異が生じると見込まれる場合には、速やかにその旨を開示(業績予想の修正)することが求められています。
この「適時開示義務」を、上場後に果たせるだけの社内体制が整っているか。N-1期における予実管理の精度と、差異が発生した場合の分析能力は、まさにそのリトマス試験紙となります。N-1期に大きな予算の未達があり、その原因を明確に説明できない場合、私たちは「この会社は、まだ市場との対話を行う準備ができていない」と判断せざるを得ません。
N-1期における「予実管理の強化」の具体策
では、「精度の高い予実管理」とは、具体的に何を指すのでしょうか。N-1期に必ず実践すべき3つのポイントを挙げます。
① 予算策定プロセスの「文書化」と「精緻化」 N-1期の予算は、経営者の希望的観測や、前年度実績に適当な成長率を掛けただけのトップダウンの数字であってはなりません。
- ボトムアップでの積み上げ: 各事業部門の具体的なアクションプラン(営業人員の増設計画、新製品の投入計画、広告宣伝の投資計画など)に基づき、現場から数値を積み上げて策定します。
- プロセスの文書化: 私たち監査法人は、予算の策定プロセスそのものをチェックします。予算策定に関する社内規程、各部門からの提出資料、そして予算を審議・承認した取締役会の議事録など、「その予算が、いかにして論理的に策定されたか」を示す一連の証拠を、必ず整備・保管してください。
② 「月次」での差異分析サイクルの確立 年間の予算を月別に分解した「月次予算」を作成し、実績との比較分析を毎月行うサイクルを、N-1期の期首から確立・定着させます。
- 迅速な月次決算: 正確な実績把握が分析の前提です。翌月5営業日以内を目処とした、迅速な月次決算体制が不可欠です。
- 月次予実管理会議の定例化: 経営陣と各事業部長が出席し、差異の原因分析と対策を議論する会議を、毎月必ず開催します。その議事録は、予実管理体制が有効に機能していることを示す、極めて重要な証拠となります。
③ 差異原因の「定量的」な分析 差異分析で最も重要なのは、その「深さ」です。「競合のせいで売上が未達だった」といった精神論や定性的な説明では不十分です。
- 求められる分析レベル: 「売上高が計画比1,000万円の未達となった。その要因は、A事業部の販売単価が計画を5%下回った影響(マイナス600万円)と、B事業部の販売数量が計画を10%下回った影響(マイナス400万円)に分解される。A事業部の単価低下は、主に競合C社が実施したキャンペーンに対抗した値引きによるものである。」 このように、差異を事業別・製品別・要因別(単価、数量など)に、定量的に分解し、その根本原因まで掘り下げて説明できる能力が求められます。
監査法人・主幹事証券会社との対話
N-1期に構築した予実管理体制は、監査法人や主幹事証券会社とのコミュニケーションにおいて、会社の信頼性を左右する強力なツールとなります。
毎月の監査法人への報告パッケージには、月次の試算表だけでなく、予実対比と、その差異分析レポートを必ず含めてください。大きな差異が発生した月には、監査法人から質問される前に、こちらからプロアクティブにその原因と対策を説明する。この姿勢が、「この会社は、自社の事業を完全にコントロール下に置いている」という強い信頼感に繋がります。
主幹事証券会社の引受審査部門も、このN-1期の予実管理の精度を極めて重視します。彼らにとっても、それは貴社が上場後の厳しい市場の目に耐えうるかを判断するための、最も重要な先行指標なのです。
最後に
直前期(N-1期)の予実管理は、単なる会計作業ではありません。それは、自社の事業を深く理解し、未来を予測し、市場との約束を誠実に守るという、経営そのものの能力を証明するプロセスです。
この一年間、厳しい精度を自らに課し、予実管理体制を強化していくこと。その努力によって培われた経営管理能力こそが、IPOを成功させ、その先も持続的に成長していくための、最も価値ある資産となることを、会計士として断言します。
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