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IFRS導入実務(10)IFRS導入後の運用改善と経営管理への統合:経理DXと決算早期化の未来地図

Sato|元・大手監査法人公認会計士が教える会計実務!

Sato|公認会計士|
あずさ監査法人、税理士法人、上場会社経理、コンサルファームを経て独立。
IPO支援・M&A及び上場会社経理業務を専門とし、企業の成長を財務面からサポート。
このブログでは、実務に役立つ会計・税務・株式投資のノウハウを分かりやすく解説しています。

こんな方におすすめ

  • IFRS導入後の「二重帳簿」管理に疲弊している経理責任者
  • 日本基準の感覚が抜けず、決算早期化が進まない実務担当者
  • IFRSベースの数値で迅速な経営判断を行いたいCFO・経営者
  • 監査対応やシステム運用を効率化したいプロジェクトリーダー

IFRS(国際会計基準)の導入プロジェクト、本当にお疲れ様でした。

足掛け数年にわたる準備期間、膨大なギャップ分析、監査法人との終わりの見えない協議、そして新システムへの移行……。無事に初度適用を迎え、有価証券報告書を開示したその日は、貴社の経理財務部門にとって歴史的なマイルストーンとなったはずです。

しかし、その高揚感が去った後、実務の現場からは、しばしばこのような「悲鳴」にも似た声が聞こえてきます。

「導入はできたが、日本基準とIFRSの二重帳簿(ダブル・スタンダード)の管理で、以前より残業時間が激増した」

「経営会議では相変わらず日本基準の数値が使われており、IFRSは単なる外部開示のためだけの数字になっている」

「決算スケジュールが長期化し、タイムリーな数値が出せなくなった」

もし、あなたの会社がこの状態にあるなら、それは非常にもったいないことです。IFRS導入は「ゴール」ではなく、経営管理基盤をグローバル水準へ刷新するための「スタートライン」に過ぎないからです。

本シリーズ最終回となる今回は、導入後の「守り」の運用から「攻め」の経営管理へどう転換するか、その具体的な道筋を徹底的に解説します。「決算早期化」と「管理会計への統合」をキーワードに、IFRSを経営の武器に変える方法を一緒に見ていきましょう。


第1章:IFRS導入後の問題:なぜ現場は疲弊するのか?

導入プロジェクトが完了した直後、多くの企業が直面する構造的な課題があります。これを「IFRS導入の失敗」と捉えるのではなく、「過渡期の痛み」として正しく認識し、解消へ向かうことが重要です。

1. 「二重帳簿」による業務負荷の増大

最も深刻な課題は、制度会計(有価証券報告書・投資家向け)のためにIFRSを使用する一方で、社内の予算管理や月次報告には、慣れ親しんだ日本基準(または独自の社内管理会計基準)を使い続けているケースです。

業務プロセス日本基準(管理会計)IFRS(制度会計)現場の負担
記帳・仕訳日々のオペレーションで入力月末・期末に修正仕訳を入力二度手間
固定資産定率法で償却(税務基準)定額法で償却、減損テスト実施二重管理
収益認識出荷基準や検収基準IFRS 15号に基づく5ステップ判定照合工数の増大
経営報告月次会議で使用四半期・年次開示で使用数字の不一致への説明責任

これにより、経理担当者は「日本基準の締め」を行った後に、Excelや連結システム上で膨大な「IFRSへの組替仕訳」を行うことになります。これでは、IFRS導入のメリットである「経営の透明化」どころか、現場の疲弊を招き、ミスの温床となります。

2. 決算スケジュールの遅延(早期化の逆行)

IFRSは「原則主義(Principle-based)」であり、数値基準が明確な「細則主義(Rule-based)」の日本基準と比較して、「見積り」や「判断」を要する項目が多岐にわたります。

特に導入直後は、以下のような検討に時間がかかり、日本基準時代よりも決算発表が遅くなってしまう「決算遅延」が発生しがちです。

  • 公正価値評価(Fair Value Measurement): 非上場株式やデリバティブの評価(IFRS第13号)
  • 減損テスト(Impairment Test): のれんや無形資産の回収可能価額の算定(IAS第36号)
  • 収益認識の判定: 履行義務の充足時期や変動対価の見積り(IFRS第15号)

3. 経営層との「共通言語」の欠如

「のれんの非償却」による営業利益の押し上げ効果など、導入前はポジティブな側面が強調されがちでした。しかし、実際に運用が始まると、為替変動や市場金利の変化がB/S(貸借対照表)やP/L(損益計算書)にダイレクトに跳ね返るIFRS特有のボラティリティ(変動性)に、経営層が戸惑うことがあります。

経営者がIFRSの数値を「実感の湧かない数字」として敬遠してしまうと、IFRSは単なる「コストのかかる開示義務」に成り下がってしまいます。


第2章:「二重帳簿」からの脱却:管理会計との統合戦略

IFRS運用の効率化において、最初に取り組むべきは「制度会計(IFRS)と管理会計の一致(Unification)」です。これを可能にする強力な根拠が、IFRSの基準書そのものの中に存在します。それが、IFRS第8号「事業セグメント」におけるマネジメント・アプローチです。

マネジメント・アプローチを「逆手」にとる

IFRS第8号では、事業セグメントの開示について、非常に特徴的なアプローチを採用しています。

IFRS第8号 第5項(事業セグメントの定義)

事業セグメントとは、企業の構成単位であって、以下のすべてを満たすものをいう。

(a) 収益を稼得し費用を発生させる事業活動に従事するもの(同一企業の他の構成単位との取引に関連する収益及び費用を含む)。

(b) 企業の最高経営意思決定者(Chief Operating Decision Maker: CODM)が、当該セグメントへの資源の配分に関する意思決定を行い、かつ、その業績を評価するために、その経営成績を定期的に検討するもの。

(c) 分離した財務情報を入手できるもの。(IFRS第8号第5項)

つまり、IFRSにおけるセグメント情報は、「経営者(CODM)が社内管理の意思決定に使っている数字そのもの」を開示しなさい、という要請です。これをマネジメント・アプローチと呼びます。

ここで重要なのは、IFRSが「社内管理会計の数値を開示せよ」と言っている点です。

多くの日本企業は、「社内管理は日本基準だから、IFRSの開示用に調整表を作らなければならない」と考えがちです。しかし、発想を逆転させてみましょう。

社内の管理会計自体をIFRSベースに変えてしまえば、調整の手間はゼロになり、それがそのまま最も適切な開示情報になる」のです。

実務家のアドバイス:段階的な統合の3ステップ

いきなり全ての管理会計をIFRSにするのは、現場の抵抗も大きく困難です。私の経験上、成功している企業は以下のステップで数年かけて統合を進めています。

Step 1: 主要KPI(P/L項目)の定義統一

まず、売上高(収益)と営業利益の定義をIFRSに合わせます。特にIFRS第15号(収益認識)は、日本基準と認識タイミングや金額(総額か純額か)が異なる場合が多いため、営業部門と連携して「IFRSベースの売上」を営業目標に設定します。

事例: ある製造業では、日本基準では「出荷基準」で売上計上していましたが、IFRS導入を機に「着荷基準(検収基準)」へ統一しました。当初は営業担当者から「売上が立つのが遅くなる」と反発がありましたが、「顧客に支配が移転した時点で成果とする」というIFRSの思想を営業評価に組み込むことで、無理な押し込み販売を減らし、実質的な利益重視の体質へ転換しました。

Step 2: 予算策定プロセスのIFRS化

次年度の予算を作る際、「IFRSベース」で作るように指示を出します。予算がIFRSで作られれば、予実管理(予算と実績の比較)を行うために、月次実績も必然的にIFRSベースで作らざるを得なくなります。これが最も強制力のある方法です。

Step 3: 投資評価(ROI)と固定資産管理の統合

日本基準ではのれんを定期償却しますが、IFRSでは減損テストのみです。管理会計上も「償却費を含まない利益(IFRS営業利益)」で事業部の業績を評価することで、M&Aの効果をよりダイレクトに測定できるようになります。一方で、減損リスクを事業部責任者に意識させるため、「使用資本利益率(ROIC)」の分母(投下資本)にIFRSベースの資産額を用いる仕組みを導入します。


第3章:決算早期化(Fast Close)を実現する「見積り」の技術

「IFRSは決算作業が重くて遅くなる」というのは、導入初期の一時的な現象に過ぎません。運用が成熟すれば、むしろ日本基準よりも早く締めることが可能です。その鍵となるのが、「見積り(Estimation)」の積極活用と「ハードクローズ/ソフトクローズ」の使い分けです。

1. 「事実の確定」を待たず「見積り」で締める

日本基準、特に税務会計の影響が強い現場では、「請求書が届くまで費用計上しない」「金額が1円単位まで確定しないと仕訳を切らない」という「確定主義」の慣習が根強く残っています。しかし、これが決算遅延の主犯です。

IFRSでは、財務諸表の作成において「見積り」の使用が不可欠であると明記されており、特に中間期(四半期)においてはその重要性が強調されています。

IAS第34号 第41項(見積りの使用)

中間財務報告で従う測定手続は、結果として得られる情報が信頼性のあるものとなるように、また、企業の財政状態又は業績の理解に関連するすべての重要な財務情報が適切に開示されるように設計されなければならない。(中略)中間報告では、通常、年次財務報告よりも広範な見積り方法の使用が必要となる。(IAS第34号第41項)

また、見積りは常に不確実性を伴いますが、事後的に結果が異なったとしても、それは「誤謬(エラー)」ではなく「会計上の見積りの変更」として扱われ、過去に遡及修正する必要はありません(IAS第8号第32項〜第38項)。

具体的な仕訳例:未着請求書の概算計上(Accruals)

月末から翌月初3営業日までに届かない請求書については、発注データや前月実績に基づいて概算額で計上し、翌月洗替処理を行うルールを徹底します。

【決算整理仕訳:3月31日】

(借)通信費 1,000,000 / (貸)未払費用 1,000,000

※過去の実績に基づき見積計上

【翌期首仕訳:4月1日】

(借)未払費用 1,000,000 / (貸)通信費 1,000,000

※洗替処理(リバース)

【請求書受領時:4月10日】

(借)通信費 1,020,000 / (貸)買掛金 1,020,000

※確定額で計上

このように処理することで、4月のP/Lには差額の20,000円のみがヒットしますが、重要性が低ければ許容されます。IFRSでは「重要性(Materiality)」の概念が非常に重視されるため、全体に影響を与えない範囲での見積り計上は、決算早期化のための正当な手法です。

2. ハードクローズとソフトクローズの使い分け

すべての決算期で全力疾走する必要はありません。メリハリをつけることが重要です。

決算の種類対象期間特徴IFRS実務での適用例
ハードクローズ年次決算 厳密な実地棚卸、詳細な減損テスト、外部証憑との完全照合を行う。第4四半期(または期末の1ヶ月前)。監査法人のフルスコープ監査に対応。
ソフトクローズ月次・四半期 重要性の高い項目のみ更新。棚卸は帳簿在庫、減損は「兆候」の確認のみ。見積りを多用。第1〜第3四半期。IAS第34号に基づき、簡便的な測定を許容しスピード優先。

特に、第3四半期までに詳細な検討(減損の兆候判定や、複雑な金融商品の評価など)を前倒しで行っておくことで、本決算の負荷を分散させる「早期化(Front-loading)」のテクニックが有効です。


第4章:ITシステムと組織の進化:経理DXへの接続

運用フェーズにおけるシステム対応は、「なんとかIFRSの財務諸表を作る」ためのツールから、「経営情報をリアルタイムに可視化する」基盤へと進化させる必要があります。

「アドオン方式」から「ERP統合」へのロードマップ

導入初期は、時間とコストの制約から、既存の日本基準のERPには手を加えず、連結システム側でExcelや修正仕訳を入れてIFRS対応していた企業も多いでしょう。これを「アドオン方式」と呼びます。

しかし、この方法は属人化のリスクが高く、担当者が退職するとブラックボックス化してしまいます。また、ドリルダウンして明細を確認しようとしても、連結修正レベルで止まってしまい、元データ(取引実態)にたどり着けないという欠点があります。

運用が安定してきたら、ERP自体をIFRSベース(または複数帳簿対応のERP)に刷新し、「仕訳入力の時点でIFRSの数値が確定している」状態、すなわち「ビルトイン方式」を目指すべきです。

  • 自動仕訳の活用: 収益認識(IFRS 15)やリース(IFRS 16)など、計算ロジックが複雑な基準については、Excel管理を廃止し、専用のモジュールやRPA(Robotic Process Automation)を導入して自動仕訳を生成させます。
  • グローバル勘定科目の統一: 海外子会社を含む全拠点で勘定科目体系を統一することで、連結作業時のマッピング工数を劇的に削減します。

IFRS人材のキャリアパスと組織学習

最後に、最も重要なリソースである「人」についてです。IFRSはルールが頻繁に改正されるため、継続的な学習が必要です。

  • CoE(Center of Excellence)の設置: IFRSの深い知識を持つ専門家チームを本社に設置し、グループ全体の会計方針の決定や、難解な論点(減損、M&A会計など)のサポートを行います。
  • 専門性の評価とキャリアパス: IFRSの実務経験は市場価値が非常に高いため、社内で適切に評価しないと人材流出(退職)のリスクがあります。IFRSチームを「経理のエリート部隊」として位置づけ、海外CFOへの登竜門とするような明確なキャリアパスを提示することが有効です。

5. 結論:IFRSを「コスト」から「投資」へ

全10回にわたり、IFRS導入の実務について解説してきました。

導入プロジェクトは確かに大変な苦労を伴います。しかし、その先にあるのは、グローバルな資金調達の円滑化、M&A戦略の自由度向上、そして経営管理の質的向上という大きな果実です。

「運用改善」と「経営管理への統合」を進めることで、IFRS対応にかかるコストは、企業の競争力を高めるための「投資」へと変わります。

ぜひ、貴社の経理財務部門が、単なる「集計屋」から、経営にインサイトを提供する「ビジネスパートナー」へと進化するために、本シリーズの知見を活用してください。


【保存版】IFRS運用改善チェックリスト

運用フェーズに入った企業が確認すべきポイントをまとめました。

カテゴリチェック項目改善アクション例
管理会計□ 社内予算とIFRS実績の乖離調整に時間を要しているか?予算策定ルールをIFRSベースに変更する
(マネジメント・アプローチの適用)
□ 経営会議資料は日本基準のままか?IFRS営業利益をKPIとして採用し、資料を統一する
決算業務□ 確定数値を待つために締めが遅れているか?未着請求書の概算計上基準(閾値)を見直す
(IAS 34の見積り規定の活用)
□ 子会社からの報告遅延が常態化しているか?連結パッケージの早期提出期限を設定し、見積り報告を許可する
システム□ 連結修正仕訳の数が導入時より増えていないか?恒常的な修正項目をERP側の自動仕訳に組み込む
(アドオン型からビルトイン型へ)
組織□ IFRS担当者が固定化し、属人化していないか?マニュアル化を進め、担当者ローテーションを実施する

よくある質問(Q&A)

 IFRS導入後、決算業務の負荷を減らすにはどうすれば良いですか? 

日本基準とIFRSの「二重帳簿」を解消することが最も効果的です。具体的には、社内の管理会計や予算管理をIFRSベースに統一し、日本基準の決算はあくまで税務申告や会社法対応のための調整計算(別表調整のような位置づけ)としてプロセスを再構築することをお勧めします。マネジメント・アプローチ(IFRS第8号)の思想を取り入れることで、社内管理と外部開示の数値を一致させることが可能です。

マネジメント・アプローチ(IFRS第8号)とは具体的に何ですか?

企業の外部報告(セグメント情報)を、経営者が内部管理で使用している区分や数値に基づいて開示するという考え方です(IFRS第8号第5項)。これにより、投資家は経営者と同じ視点で企業を評価できるようになり、企業側は管理用データと開示用データを作成する手間を一本化できるメリットがあります。

IFRSにおける「会計上の見積り」は監査で否認されませんか?

合理的な根拠とプロセスがあれば認められます。IAS第8号やIAS第34号では見積りの使用が前提とされています。重要なのは「数字の正確性(1円単位の合致)」よりも「見積りプロセスの文書化」です。過去の実績データや市場統計など、客観的なデータを根拠として提示できるよう準備しておくことが重要です。

「のれんの非償却」は運用上どのようなリスクがありますか?

定期償却がない分、毎期の利益は出やすくなりますが、減損リスクが蓄積されます。事業計画が未達となった場合、巨額の減損損失が一括計上され、業績が急悪化する「崖効果」のリスクがあります。運用フェーズでは、M&A後のPMI(統合プロセス)とモニタリングを強化し、減損の兆候を早期に察知することが重要です。

経理担当者に必要なIFRSスキルはどう身につけさせるべきですか?

座学だけでなく、実務での経験が不可欠です。まずはIFRS検定などの学習を推奨しつつ、実際の決算業務において「収益認識」や「固定資産」など担当科目をローテーションさせることが有効です。また、監査法人との協議に同席させることで、会計基準の解釈や論理構成力を養うこともお勧めします。


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専門家としての経験に基づき、現場で本当に『武器』になった数冊を厳選しました。理論だけで終わらない、実践に裏打ちされた知恵を求める方の参考になれば幸いです。


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